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教職員一覧

山本 大輔

准教授

専門分野 量子物性理論
研究キーワード 量子多体系、量子磁性、冷却原子、量子シミュレーション、量子情報
趣味 散歩、日本酒、料理、猫のすべて

投げたボールの軌道や川を流れる葉っぱの動きのような、日常生活において観測される物理の法則と、物質を構成する極小の原子や電子の運動のような、ミクロな世界における物理の法則は、一見まったく違うように見えます。ミクロな世界の法則は“量子力学”と呼ばれますが、「量子もつれ」のノーベル賞受賞(2022年)や「量子コンピュータ」の部分的実現によって、一般社会でもその名前を耳にするようになってきました。我々の興味は、量子力学に従うミクロな構成要素(“量子”と言います)が無数に集まったときに、どのような不思議な振る舞いをするのか、ということです。このような量子の集団を「量子多体系」と呼びます。

図1.量子気体顕微鏡が捉えた量子(87Rb原子)の集団。量子力学に従って、作成および観測の度に確率的に結果が異なる。学術論文「H. Ozawa et al., Phys. Rev. Research 5, L042026 (2023)」より。

複数の惑星が互いに引力を及ぼし合うような古典力学の多体系ですら、その運動を完全に解き明かすのは難しいとされています。そこに量子力学の難しさが加わるのですから、量子多体系の物理の解明は一筋縄ではいきません。そのような量子の集団が自然に実現しているのが、我々の身の回りにある「物質」です。消しゴムも、机も、人間の身体ですら無数の原子が結合したものであり、さらに細かく分解すると電子やクォークといった素粒子までたどり着きます。しかし、日常生活で出会う通常の物質は、不思議な量子力学の効果を発現しません。リニアモーターカーなどに用いられる「超伝導体」など、ごく一部の物質のみが、そのマクロな特性に量子力学の影響が表れます。

では『どのような場合に面白い特性を発現するのか』、『どのような機構で、量子現象が現れるのか』といった問いを解明することが、量子物性理論の研究者の中心的な研究テーマです。例えば我々は、三塩化セシウム銅という物質に対して1ギガパスカル(マリアナ海溝の水圧の10倍)を超える圧力をかけることで、‟スピン”と呼ばれる量子の磁気的な性質を引き出せることを、神戸大や東工大などのグループとともに示し、その理論的な機構を明らかにしました[D. Yamamoto et al., Nature Communications 12, 4263 (2021)]。

図2.圧力の印可による古典-量子クロスオーバー。プレスリリース「圧⼒によって磁性物質の量⼦性を引き出すことが可能に」より抜粋。

自然界の物質だけでなく、より能動的に量子の集団を操り、その性質を利用する試みにも取り組んでいます。それが「量子シミュレータ」や「量子コンピュータ」といった分野の研究です。我々は理研などの研究グループとともに、レーザーによる人工的な結晶中に原子の集団を閉じ込め、特殊な光照射を行うことで“負の絶対温度”を持つ「フラストレート磁性体*」を作成する方法を提案しました[D. Yamamoto et al., Communications Physics 3, 56 (2020)]。絶対温度が負の世界では相互作用の“符号”が反転するため、通常の物質では実現できない新しい機能を発見できたり、時間の反転に対応するような操作を擬似的に行うことができたりする可能性が期待されます。
*量子効果が出やすい特殊な磁性体のこと

図3.負の絶対温度をもつ気体の有効利用。プレスリリース「フラストレートした量子磁性体の量子シミュレーション方法を提唱」より抜粋。

最近では、量子情報理論の知見も積極的に取り入れ、量子物性理論と量子情報理論の境界領域の研究にも精力的に取り組んでいます。また、ホログラフィー原理として知られる重力理論と量子場の理論の等価性仮説を指導原理とし、量子多体系を用いた量子シミュレーションによって量子重力の謎に迫るような研究も推進していきたいと考えています。

学生へのメッセージ
皆さんは小学校の簡単な算数から始まり、大学の難しい物理の勉強まで、これまでの人生において長い時間(とお金)を理系分野の学習に費やしてきました。卒業研究や大学院での研究は、頑張って蓄えてきたすべての知識とスキルを、満を持して最大限に発揮できる最高の舞台です。これまでに費やしてきた多大なリソースを無駄にしないためにも、是非、自分が本当に興味のあるテーマを研究し、人類の物理に関する「知識の教科書」に新たな1ページ…とまではいかなくても、1行、1単語でもいいので、物理学徒として生きてきた自分の痕跡を世の中に残すことができるような新しい発見を目指してください。